災害のあらまし

某クリニックに見習い看護助手として勤務している労働者Aは、ゴミ箱に溜まった注射針を医療用ボックスに移す際に親指に痛みを感じるほどに針が刺さり出血した。
30秒ほど流水して絆創膏で止血したが、大騒ぎになることを恐れ、何も言わなかっ た。
翌日にAの指導役である先輩看護師に相談したが、「あなたの不注意だから、今後は気を付ましょう」と言われ、医師に報告をせずにそのままにしておいた。
Aはその後も多忙な毎日で針刺し事故があったことも忘れて通常業務を行っていたが、1カ月半ほどして、全身倦怠感、発熱、 嘔吐があり、医師に報告して血液検査を実施したところ、HCVが陽性、C型肝炎を発症していることが判明した。

判断

医療従事者である者の針剌し事故に関しては通常労災の適用が認められている。しかしAは、すぐに医師への報告をしなかったこと、感染発生時の記録がなく、針刺し事故が本当にあったかどうかの確認が不明確であること、また事故直後の血液検査も行われていなかった。
そのため、Aが以前よりHCV保有者であったという可能性が否定できないとして「業務起因性」の判断が難しく、業務外とされた。
その後、審査請求(不服申し立て)によって看護師や看護助手同士でかばい合っていた事実の確認、Aの業務外でのHCV感染の可能性の否定、某クリニック勤務前のHCV抗体陰性の記録などの実証により「業務起因性」が認められ、業務上とされた。

解説

業務従事者が業務上の事由で感染症に羅患した際には、「C型肝炎、エイズ及び MRSA感染症に係る労災保険における取扱いについて」(平5.10.29付基発第619号、 労働省労働基準局長から都道府県労働基準局長宛て通達)という行政通達がある。それに照らしてみると、被災者本人は速やかな針刺し事故報告とともに、労災申請の手続きが必要となる。
今回のAのように感染発生時での記録が残っていないと「業務起因性」の判断が難しくなり、その後疾病が発症しても労災認定されにくい場合もある。
速やかに職業感染の事実が判明した時点で、必要書類の作成や感染症の検作などが必要である。
針刺し事故直後にHCV抗体陽性になることはないので、現時点で陰性であることを確認し、その後に陽性になった場合には 今回の針刺しによって感染したものと判断し、発症した場合には治療が労災で継続できることになる。
また、針刺し?血液汚染などの事故の場合、療養補償は「業務上の負傷」と「業務上疾病」に分けて考えられている。
針刺しによって、C型肝炎を発症した医療従事者を例にとると、針刺しの段階では「業務上の負傷」であり、その後にC型肝炎を発症した場合には「業務上疾病」となり、これは別々に取り扱われることになるようだ。
「業務上の負傷」の取扱いは「医師がその必要性を認めた場合」の判断により、受傷後に行われる検査の回数が決まる。針刺し前からHCVに感染していることが判明している場合や、受傷直後の検査により、受傷以前からすでにHCVに感染していることが判明した場合には、受傷直後の処置と検査のみ保障され、その後の検査は含まれないことになる。
また「業務上疾病」が発症した段階では、「業務起因性」の判断と「療養の範囲」がポイントになる。C型慢性肝炎を発症した場合もC型急性肝炎と同様の取り扱いとなり、インターフェロンの使用が保障されることとなる。
「業務起因性」に関しては、医学的に常識的な判断で行われ、「療養の範囲」としては、C型急性肝炎などの発症が確認された以降の検査?治療が労災保険で支払われる。
今回は審査請求(不服申し立て)を行い労災認定されたケースだが、審査請求の期限は原処分のあったことを知った日の翌日から60日以内とされていて、原処分をした行政庁の所在地を管轄する都道府県労働局に置かれた労働者災害補償保険審査官に対して行う。
さらに決定書に不満があったり、3力月経過しても審査請求の決定がない時は、労働保険審査会に再審査請求を行うことができる。